肝臓病と肝硬変


いろいろな肝臓病から肝硬変へ

 肝臓病にはいろいろな種類がありますが最も多い病気は肝炎です。 肝炎の主な原因はウイルスとアルコールです。 症状の出ないもの、治癒するもの、慢性肝炎から肝硬変、肝癌に進むものなど様々な経過をたどります。 B型肝炎ウイルスのキャリアの約10%が慢性肝炎になり、 そのうちの約10%が肝硬変に進行するといわれています。 C型肝炎の場合は慢性化、肝硬変に進展する率ともに高いといわれています。

肝硬変とは

 肝硬変は主にウイルスやアルコールなどが原因となって肝細胞が障害を受け、肝小葉の形が変わる疾患のことで、 病理形態学的に次のように定義されています。
  1. 肝細胞の壊死・脱落をともなってグリソン鞘と中心静脈または肝静脈間に線維隔壁が出来る。
  2. 肉眼的に再生結節の形成が見られる。
  3. 肝小葉の構造が変わり、循環動態に異常を示す。
  4. びまん性の病変である。

肝硬変になる過程(1)

 肝細胞は障害を受けても再生する能力を持っています。 慢性肝炎では、ウイルスによって肝細胞が障害を受けた後、再生するということを繰り返しています。 この壊死と再生が何度か繰り返されると再生に伴う繊維の増生が強くおこり、 肝細胞は繊維に囲まれながら再生する為、再生結節という肝細胞のかたまりが作られます。 そして肝小葉の構造が変わり機能が障害されます。このようになった部分は簡単には元に戻りません。 アルコール性肝硬変もアルコールによって肝細胞が変成・壊死の後、繊維化することによっておこります。 肝細胞が壊れるとGOT、GPTなど肝細胞質中の酵素が血液中に出てくる為、 これらの酵素の量を測定して肝障害の程度を調べます。

肝硬変になる過程(2)

 肝硬変で肝小葉の形が変わると門脈血流が流れにくくなり、肝臓で代謝などに使われる有効血流量が減少します。 そして門脈圧は上昇します。行き場を狭められた門脈圧は、別に門脈側副血行路を作って心臓に戻ろうとします。 細い静脈が太くなって肝臓の外にバイパス(門脈‐大静脈短絡路P-Cシャント)ができます。 このため、消化管から吸収された物質が肝臓で代謝されずに直接大循環へ流れてしまいます。 また有効血流量の減少は、肝細胞の壊死をさらに増やします。

慢性肝不全とは(1)

 肝臓は肝細胞が障害を受けても、残った肝細胞でその機能を代償する機能を持っています。 肝硬変は障害を受けていない肝細胞が代償するため重い症状が出ない代償性肝硬変と、 種々の症状があらわれる非代償性に分類されます。しかし代償性肝硬変でも、何らかの軽い症状を持っています。 非代償性肝硬変に陥ると肝臓の機能が十分に働かないことにより、全身に様々な症状が出てきます。 この症状を慢性肝不全といいます。

慢性肝不全とは(2)

 慢性肝不全は主に腹水、浮腫、消化管出血、黄疸肝性脳症といった症状を示します。 また低カリウム血症や高ナトリウム血症、胃・十二指腸潰瘍、 耐糖能の低下による糖尿病を合併することも多くあります。
その他の症状としては、自覚症状には、疲労感、全身倦怠感、腹部膨満感、心窩部不快感、 食欲不振、吐き気、腹痛、眼精疲労、皮膚掻痒感など、他覚症状には肝腫、脾腫、クモ状血管腫、 手掌紅斑、腹壁静脈怒張、女性化乳房、皮膚色素沈着などがあります。

腹水、浮腫(1)

 非代償性肝硬変の患者には腹水が見られることが多くあります。 腹水の発生にはいくつかの原因が考えられています。ひとつは肝細胞が破壊されて減少し, 肝臓での蛋白合性能が低下することによって血液中のアルブミンが減少する低アルブミン血症によるものです。 血清アルブミン値が3.0g/dl以下に減少すると、 血管の中に水分を保たせておく膠質浸透圧が低下する為腹水が発生しやすくなります。

腹水、浮腫 (2)

 もうひとつは、繊維の増加や結節の形成により肝静脈枝や門脈枝が圧迫され、 肝内の静脈圧や門脈圧や類洞内静水圧が上昇し、水分を組織中に押し出すことも原因となります。 また腎臓のNa・水の再吸収が亢進して循環血液量が増大し、 門脈圧の亢進によって水分が腹腔内にもれるという説もあります。 特に腹水を伴う患者は経過が急速で死亡率が高い特発性細菌性腹膜炎の合併症に注意しなければなりません。 検査結果や症状により、抗生物質の投与が必要です。

腹水の治療

 腹水の治療には一般的には安静、食事療法、アルブミン製剤の投与、利尿剤の投与などがあります。 食事療法は塩分を一日1〜3g以下に制限します。腹水を治療する為には、高蛋白食を必要としますが、 高アンモニア血症を伴う場合は蛋白質を1g/kg以下に制限します。 血清ナトリウム値が130mEq/l以下の場合には水分の摂取量を1日1l以下に制限します。 またアルブミン製剤や利尿剤などを投与する場合もあります。 これらの治療が無効の場合は穿刺により腹水を抜くなどの治療をすることがあります。

消化管出血(胃・食道静脈瘤)

 門脈圧が上昇すると門脈系と大静脈系のバイパスである胃冠状静脈や短胃静脈が発達します。 静脈は抵抗力が弱く、胃・食道静脈瘤が形成されやすくなります。 肝硬変では止血異常を示す為静脈瘤の破裂による出血は致命率が高く、 肝硬変症の死因の1/3が食道静脈瘤出血です。食道静脈瘤の治療は最近、 食道静脈瘤硬化療法という内視鏡から硬化剤を注入する方法が普及し、予後が改善されてきています。 また門脈圧の上昇によって、胃や腸にうっ血がおこり腹部膨満感を訴えたり、 胃・十二指腸潰瘍ができやすくなります。

黄疸(1)

 黄疸とは血液中に胆汁色素(ビリルビン)が増加し、皮膚や粘膜が黄色くなる状態をいいます。 古くなった赤血球が破壊された時に生じる老廃へムから、ビリルビン(非抱合型ビリルビン)が生成されます。 非抱合型ビリルビンは肝臓に運ばれ、肝細胞内でグルクロン酸抱合されて抱合型ビリルビンとなり、 毛細血管に運ばれます。黄疸は一般に代償性肝硬変では軽度ですが、 非代償性肝硬変では予後不良の兆候となることが多くあります。

黄疸(2)

 肝硬変では通常、抱合型ビリルビンの毛細血管への排泄障害を起こして血管に逆流し、 抱合型ビリルビン優位の高ビリルビン血症を示します。 しかし肝細胞内へのビリルビンの取り込み障害、 肝細胞内でのビリルビンの抱合障害などによって非抱合型ビリルビン優位を示す」こともあります。 また溶血や合併症が高ビリルビン血症の原因になることもあります。

肝性脳症とは(1)

肝性脳症も肝機能不全により発現する症状の一つで、意識障害を主とするさまざまな精神神経症状を示します。 肝性脳症の症状は一般に意識障害、個性の変化、知力の低下、運動障害、言語障害や特徴的な神経症状 (羽ばたき振戦を示します。症状の程度によって3つの型に分類されます。

肝性脳症とは(2)

  1. 急性型… 劇症肝炎に代表されるような肝細胞の広範な壊死により、肝機能が低下して発生します。
  2. 慢性型… 門脈ー大静脈短絡路(P−Cシャント)が形成されアンモニアなどの腸内有毒物質が肝臓で代謝されずに直接脳に達することにより発生します。
  3. 中間型… 1,2の要素が混在しています。肝硬変による肝性脳症はこの中間型が多いと考えられています。

肝性脳症とアンモニア

  肝性脳症を起こす原因として古くから注目されているのは血中のアンモニアです。腸ではアミノ酸や腸管内に排泄された尿素が腸管細菌が産生するウレアーゼによって脱アミノ化され、アンモニアを生成します。生成されたアンモニアは吸収され、肝臓に運ばれて尿素サイクルで尿素に解毒されます。非代償性肝硬変ではこのアンモニア処理能力が低下する為、高アンモニア血症となります。また肝硬変で門脈ー大循環短絡路(P-Cシャント)というバイパスができると門脈から肝臓を通らずに直接大循環に入る為、アンモニアが肝臓で分解されずに直接脳に達します。骨格筋にもアンモニアの解毒機能が存在しますが肝硬変では骨格筋の減少が認められる為、ここでのアンモニア処理能力も低下します。

肝性脳症と血漿遊離アミノ酸インバランス
(1)

  正常人では、血漿中の各アミノ酸の比率がほぼ一定となっています。肝硬変ではアミノ酸代謝が正常に行われず、このアミノ酸バランスがくずれます。Fischerらが肝性脳症の患者にBCAAを多く含むアミノ酸製剤を投与して覚醒作用を報告して以来、肝硬変患者の血漿アミノ酸濃度が注目されるようになりました。肝硬変患者は肝臓でのアミノ酸代謝が減少し相対的に骨格筋でのアミノ酸代謝が亢進するため、Ile,Leu,ValなどBCAAが減少します。逆に骨格筋では代謝されないPhe,TyrなどのAAAが過剰になります。その結果BCAA(Ile,+Leu+Val)/AAA(Phe+Tyr)のモル比(=Fischer比)が低下します。

肝性脳症と血漿遊離アミノ酸インバランス
(2)

  一方、AAAが血液脳関門(BBB)を通過して脳内に移行する時、BCAAが競合的に拮抗することが知られています。つまり肝硬変で血漿中のBCAA濃度が減少するほどAAAは脳内に移行しやすくなります。したがって肝硬変患者では血漿中のBCAA濃度の減少に伴い脳内のAAA濃度が増加します。脳内のAAA濃度の増加はNE(ノルエピネフリン)、DA(ドーパミン)、5HT(セロトニン)などに神経伝達物質、オクトパミン、5−ヒドロキシルインドール酢酸などの偽性神経伝達物質の生成を亢進します。これらの精神神経症状、睡眠などに関与する脳内アミンの代謝異常が肝性脳症の一因と考えられています。

肝性脳症の誘因

肝性脳症は次のような事が誘因になるため、これらの誘因をできるだけ避けることが必要です。
  1. 食事蛋白の過剰摂取:アンモニアやアミンの産生が増加します。
  2. 便秘:食事蛋白、アミノ酸と腸内細菌叢との接触時間が増加する為、アンモニアの産生が増加し、有毒性アミンの生成と吸収が増加します。また排便時の力みによって門脈圧を亢進、食道静脈瘤の破裂をきたすことがあります。
  3. 利尿剤の投与、嘔吐、下痢:低カリウム血症を誘発します。低カリウム血症はアルカローシスを招き、アンモニアを増加させます。
  4. 鎮静剤、鎮痛剤、精神安定剤の投与:肝性脳症の既往をもつ肝硬変患者はこれらの薬に対する感受性が亢進しています。
  5. 低クロル性アルカローシス:長期の食塩摂取の制限で起こります。
  6. 消化管出血:食道静脈瘤の破裂などによって消化管内に出た血液は蛋白源としてアンモニア、有毒性アミンなどを生成します。
  7. 感染(肺、尿道、腹膜炎):組織の崩壊により、窒素化合物が増加します。
  8. 手術:手術侵襲により肝機能が低下し、糖代謝などの合併により栄養管理が困難になります。また輸血用の保存血液中にはアンモニアが多く含まれています。

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