肝硬変のかたの肝性脳症について

はじめに

慢性肝炎が進行し肝硬変になると3つのこまった問題が起こります。
それは、「肝癌の発症」「食道静脈瘤の破裂による出血」「肝不全」の3つです。
肝不全とは肝臓の働きが高度に障害 された状態で、黄疸や腹水、意識障害 などの症状が出ることがあります。
今回はこの肝不全による意識障害 (肝性脳症)についてご説明したいと 思います。

肝性脳症とは

肝性脳症は肝硬変が高度に進行した時に起きることがあるもので、意識障害が主な症状です。
肝性脳症は比較的軽い意識障害のことから、重くなると昏睡(完全に意識を失うこと)になる場合もあります。
一般的には、肝性脳症の重症度は昏睡度分類(下表)に従い分類します。
特に・度では家族の方が「何かいつもと違う(夜寝ずに昼間寝ている、気分にむらがあるなど)」程度しかわからない場合が多いようです。
進行した肝硬変のかたでは、肝性脳症が、出血・発熱・便秘など体に負荷が 少しかかっただけでもでることがあります。



肝性脳症の原因

多数の物が肝性脳症の原因として今までに報告されています。このうち、最も良くわかってきたアンモニアやアミノ酸のバランス異常などについて御説明します。

アンモニア

アンモニアは体内では蛋白質の代謝の結果出てきます。
アンモニア濃度が血液中で上がると 肝性脳症がおきるといわれています。
肝性脳症例では血液、髄液や脳の アンモニア濃度は高くなっています。
アンモニア濃度と肝性脳症の程度とは必ずしも相関しない場合もありますが、頻回にアンモニア濃度を測定することにより密接な関係が明らかとなっています。
血液中のアンモニア濃度の上昇が 一過性の場合には肝性脳症は起きにくく、一定期間以上アンモニア濃度が高値で 持続すると肝性脳症が発現します。
アンモニアの発生源の大部分は腸管 です。大腸に達した蛋白質より、大腸内細菌のウレアーゼという酵素によって アンモニアができます。このため、 アンモニア濃度は食事蛋白量により大きく影響されます。
また、腸管で生じるアンモニアは血液(門脈)中に吸収されます。このアンモ ニアを多く含んだ門脈の血液は本来肝臓を通り、肝臓でアンモニアは無毒化されます。しかし、肝硬変では、この血液の大部分は、本来通過するべき肝臓を通らずに、門脈-大循環系短絡(シャント)を介して体全体へ流れ込みます。このため、門脈へ吸収されたアンモニアは、無毒化されないまま体全体に広がり、血液中のアンモニア濃度が上昇します。
アンモニアは体内で「NH4+」と「NH3」のかたちで存在しています。このうち 神経毒作用を強く発揮するのはガス状のアンモニア(NH3)です。将来はNH3濃度測定が大切となるでしょう。

アミノ酸

肝硬変、特に肝性脳症の患者さんでは、血漿や髄液中の各種アミノ酸濃度に 著しい変化がみられます。
すなわち、分岐鎖アミノ酸(BCAA:バリン、ロイシン、イソロイシン)が 減少し、芳香族アミノ酸(AAA: チロシン、フェニルアラニン)と メチオニン濃度が増加しています。その結果、BCAA/AAAの比 (Fischer比と呼ばれています)やBCAA/チロシン比(BTRと呼ばれています)が著減します。
これらの比と、脳症の重症度との間 には、はっきりとした相関の無い場合が多いですが、肝予備能や予後の評価には役立っています。
血液中のBCAA減少の原因は、肝硬変では筋肉(蛋白質)のアミノ酸への分解が亢進し、できたBCAAが筋肉内で直ちにエネルギー源として利用され、血液中ヘのアミノ酸の流入量が減少するためだと考えられています。
高アンモニア血症時、脳内ではBCAAを利用してアンモニアをグルタミンに 変化させ処理しています。
生じたグルタミンは脳外に流出し、 腎臓や小腸で代謝されます。

血液脳関門

血液と脳の間には、バリアー(関門)があり、血液中の有毒物質は脳内へ入り にくくなっています。肝硬変が進行するとこのバリアー作用が弱まり、有毒物質が脳内に入りやすくなり、肝性脳症が 起きやすくなります。

肝性脳症が持続すると、脳の血流量や代謝が低下します。
また、最近のCTやMRI検査では、脳症が長期間にわたって続いた症例では、脳萎縮などの脳の変化が高頻度にみられています。

診断

肝性脳症の診断には、高アンモニア 血症などの肝機能障害、意識障害などの精神症状、羽ばたき振戦などの神経学的変化などが参考になります。
しかし、軽度の肝性脳症(意識障害や 動作性能力の極軽度の異常)を正確に評価することは容易ではありません。血液中のアンモニア濃度の測定、血液中アミノ酸比の測定、脳波所見や定量的神経機能テストも有効です。
肝性脳症の診断のために最も信頼性の高い生化学的検査は血中アンモニア濃度の定量です。その他に、血液中アミノ酸比の測定も大切です。
肝性脳症時の特徴的な脳波所見は、 三相波の出現とされています。また、 各種の刺激による大脳誘発電位の重要性も認められ、肝性脳症の診断に応用されています。
アルコール性肝硬変では、アルコールによる脳障害、硬膜下血腫やアルコール離脱症状は肝性脳症と誤診されることもあり注意が必要です。
肝硬変では糖尿病の合併が多いため、糖尿病の悪化例では、糖尿病の合併症による意識障害も起こります。
薬の代謝が悪くなると、睡眠薬などによる意識障害も起こることがあります。

治療と予防

起こってしまった肝性脳症の薬による治療の大切さは言うにおよびません。 早期発見早期治療とともに、その予防、特に日常生活上での予防も大切です。
日常生活上での注意点としては、 肝性脳症の誘因(便秘などの便通異常・高蛋白食・過剰の利尿薬・風邪などの 感染症・出血)となるものを極力避け ましょう。あまり無理せず、不必要な 高蛋白食を戒め、便通の調整(1日1〜2回の排便があるように)を心がけて下さい。
病状の軽微な変化の把握のための日常生活上のチェックポイントとしては、 急激な体重や尿量の変化・便秘や下痢・睡眠バランスの変化・次の日まで持ち 越す疲労・記憶力や記銘力の変化・手のふるえなどが大切です。

肝硬変でみられる肝性脳症の臨床病型別にみた対策
慢性(再発)型

●栄養管理:低蛋白食(40g以下)やアミノレバンEN(50〜150g)、食物蛋白食(食物繊維15〜20g)
●便通調整:便秘に対してラクツロースの浣腸(等量の水で希釈、300〜500ml)
下痢に対して塩化ベルベリン(150〜300mg)、乳酸菌製剤(ビオクラス9カプセル)
●電解質是正:低カリウム血症にアスパラK(3〜6T)
●アンモニア対策:ポルトラック(18〜36g)、ラクツロース(30〜90ml)、塩酸バンコマイシン(2g)
フラジオマイシン(2〜4g)、ポリミキシンB(300〜600万単位)、硫酸亜鉛(300〜600mg)
●アミノ酸不均衡の是正:アミノレバン(40gアミノ酸/500ml)


1)高アンモニア対策
便秘・電解質異常などの誘因を除き、低蛋白食(1日40g以下)とします。二糖類などの内服で、腸内pHを下げ、アンモニア産生菌を減らすとともに、排便を促進させ、アンモニアの腸管内吸収を阻害させます。時に、アンモニア産生菌を押さえるために、抗生物質の投与も行われます。ただし、長期の連用では耐性菌の出現と菌交代症の発現などが起こり注意が必要です。

2)分岐鎖アミノ酸
分岐鎖アミノ酸を高濃度に含有する 特殊組成アミノ酸輸液剤を3〜5時間で点滴静注し、脳におけるアミノ酸や アンモニア代謝の異常を是正します。 特に、血漿分岐鎖アミノ酸濃度の著しく低い慢性(再発)型では覚醒効果が期待できます。覚醒後は輸液剤に換えて、肝不全用経口投与栄養剤(分岐鎖アミノ酸含有量が多い)を使用します。

3)新しい治療法
肝硬変例に卵黄コリンを経口投与することにより肝性脳症が改善するという報告もあります。
  難消化性オリゴ糖として二糖類(ラクツロースとラクチトール)と三糖類(ラフィノース)があり、ラクチトールが 最近、新たに発売となりました。 ラフィノースは甘さが弱く、下痢が少なく、ビフィズス菌の増殖作用が強いことより今後期待されるものです。腸溶性Bifidobacterium longumは腸内pHを 低下させ、アンモニア産生を減少させる作用があり、アンモニア対策として用いることができます


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